2013年03月02日

工場跡地

ここは下町の川筋にある工場跡地。建物はなくなり塀だけが残ってどこまでも続いていて、向こう側には空が広がっています。
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かつて東京都心には番地ひとつ分以上もある大きい工場が点在していましたが今はめっきり少なくなりました。工場は地方へ出ていき、残った広い敷地はマンションや大型商業施設になっていきました。この塀を見るとレンガ積みにしっくい塗り。ずいぶん昔にできた工場だったんだと分かります。とうとう引退するようです。
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壁には落書きがつきもの。たいていは「へのへのもへじ」だったり「バカ」だったりするのですが、ここには「ユトリ」とありました。ペーソスを感じました。
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posted by シブヤ・トモユキ at 10:03| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
同感です(^^)。塀は近所では醍醐中学のブロック塀を思い出しますが、レンガ塀は若い頃住んでいた九条の、僕が通っていた小学校にもありました。小学校では小鳥当番などもしていたなあと思い出します。それが縁で家庭でも小鳥を飼っていました。小鳥は、銀杏の実程の白い卵を産んでいた記憶があります。小学校のレンガ塀は今はどうなっているのでしょうか、懐かしさだけが残ります(^^)。
Posted by 飯塚晴夫 at 2013年03月02日 10:28
鳥を飼うのも流行しましたね。近所にも鳥屋があって、手乗り文鳥とかメジロ、ヒバリ、そうだセキセイインコも売っていましたっけ。店前を通るとうるさかったのを憶えています。手作りの竹ひごでできた鳥かごで飼ったことがありますが、猫にやられてしまいました。今じゃ鳥屋というと焼き鳥屋になってしまいますね。
Posted by シブヤ・トモユキ at 2013年03月02日 12:53
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